共依存の克服!理想と期待を捨てて夢を持つ

男って、本当にどーしようもない生き物だと思う。

本当は好きなのに、自分は凄いんだぞって認めて欲しくて、自分の弱さに気づかれたくなくて、態度や言葉で威圧してねじ伏せようとする。

 

その姿はまるで、猿山のボス・・・。

 

お前はサルか?と言いたくなる。🐵

 

でもやはり、サルと結婚したのではなく人間と結婚したのだから、夢に描いていた理想の結婚生活を手に入れたいと思うのだけど、サルはサル。

人間が思い描いた理想の結婚があるなんて知る由もない。

 

それどころか、人の欠点を見つけては「どうだ!俺はお前より出来る人間なんだ!」と誇張し、それでも認められないと感じれば、冷酷に威圧的な態度に出て力業でねじ伏せようとする。

・・・やっぱり、サルにしか見えない🐵

 

この際、サルに期待したり希望を持つのはやめて、自分は自分らしく人として生きることにしてはどうだろうか。そこから夢を持つことが出来れば、人生は逆転することだろう。

 

共依存は認められたい愛されたい

 

 

共依存の一番つらい所は、他者に認められてこそ自分の存在価値があるのだという他人軸の思考を持っているということだろう。

だから欠点をつかれると

  • 妻として認められていない
  • 愛されていない
  • 自分は夫に存在価値がないと思われている

と感じ取ってしまい、とても辛くなる。

 

そして自分の存在価値を認めて欲しいという思いが強ければ強い程、相手への〇〇して欲しいが増えてしまう。

 

でも、相手はサルなのだ・・・。

 

こちらから何か言うと、それに従うことは服従することと思違いをして、自分のボスという地位を必死になって守ろうとする。

共感する脳の機能が弱ければ、さらに威圧的な態度に出てくる。

 

でも、案外、モラハラ夫の言っていることは正しいー、のです。

 

これ、認めたくないですよね?

だって、自分のほうが正しいのですから。

 

でも、正しいっていい事ですか?

正しくないと、愛されませんか?

夫が正しいと認識してしまったら、正しくない自分が姿を現し、自分で自分を責めてしまいますか?

 

正しくなくたっていいじゃないのでしょうか?

正しくなくても、愛されてますよ?

 

どうせ愛されちゃってるんだから、正しくても正しくなくても、どっちでもいい^^

 

それが私の答えです。

 

 

 

参考ブログ:カウンセラーの芙蓉さん

https://ameblo.jp/natsu6me731pp/entry-12347658807.html

 

 

でもそうは言っても、現にモラハラをしてくる夫が私を愛しているなんてとても思えないですよね。

 

では、まさか夫が私を愛しているなんて!?と思っていた妻たちが、どうやって愛されていると確信を持てるようになったのかというと、自分で自分を愛することに専念したからです。

 

人というのは不思議なもので、自分で自分を扱っているのと同じように、人も自分を扱うようになります。

 

だから愛されていない、認められないと感じているのは、自分で自分のことを認めていない、愛していないから。

 

頑張らないと愛されない。

正しくないと愛されない。

 

そう思って今まで生きてきた自分を、そろそろ解放してあげてもいいのではないでしょうか?

 

頑張らなくても愛される。

正しくなくても愛される。

 

だって、どうせ愛されてるし。

 

どうせ愛されている今が現実

温かくて優しい家庭を築きたかった。

だから、そのために一生懸命頑張ってきたんですよね。

 

その頑張りは、大いに褒めるべき事です。

 

早速、そんな自分へのご褒美を用意しましょう♪

 

結果はどうであれ、頑張った自分へのご褒美は忘れてはなりませんね。

 

何が好き?

何をするのが好き?

今、何をしたい?

 

今まで我慢ばかりさせていた自分の、心の声にそっと耳を傾けてあげましょう。

 

そして、夫がモラハラでも愛されているのが現実なのです。

 

夫婦は鏡とはよく言ったもので・・・

少し話しかければ「お前の話し方はイライラする!」

少し笑えば「バカにされたと人が思うから笑うな!」

お昼前に今日の晩御飯を何にしようか悩んでいると「朝から悩むな!」

今日の晩御飯を提案すると「食べたくない」

返事が3秒以内、行動は30秒以内におこさないと「遅い!」

手に持っているものを落としてしまうだけで「何やってんだ~~!迂闊すぎるっ!!」

 

と、怒鳴ってばかりいた夫が変わったのはいつ頃からだろうー?

 

気が付くと、夫と話をしながら笑い合い

気が付くと、いつの間にか私の方が夫をのんびり待つようになり

気が付くと、ご飯は夫がメニューを決めて作るようになった。

 

それが、いつどうしてなのかは分からないけど、確かに最初の頃は夫と対等でありたいと心の中で必死になって頑張っていた自分がいたような気がする。

今思えば、サル同士の縄張り争いのようになっていたんだと思う。

 

それから私は、話しかけないようにした。

笑わないようにした。

晩御飯のメニューを考えることを止めた。

夫が話しかけてきても、話だけ合わせて聞いていない事が増えた。

 

私が縄張り争いを止めたら、夫も争う必要がなくなったのだろうかー?

 

でも・・・

 

怒鳴られると腹が立つので、態度で怒りを現した。

収支を報告してって言われたけど、無視した。

夫が体調が悪い時は「大丈夫?」と声だけかけて何もしない・何も言わない事にした。

夫が何をしてもしなくても、気にしないようにした。

 

そして、自分の夢を追いかける事にした。

 

夫には夫の人生がある。

子供には子供の人生がある。

私には私の人生があり、夢がある。

 

その夢に向かって歩いていける私は、幸せなんだー、という事に気づいたのは円形脱毛症になった時。

空から幸せの星が降り注いできた。

 

たぶん、ショックのあまりアドレナリンが全開だったのだろう。

 

人ってそんなもの。

 

だから深く考えて深刻に生きる人より、テキトーな人のほうが幸せそうなのかもしれない。

 

だから私は、自分の人生においてテキトーで、いい加減で、幸せな人になりたいと思った・・・。

そして、そうなりたいと思った時は、もう既にそうなっているという。

 

だから、今、私の人生はこれでOK!ということなんだろう・・・。

 

夫婦は鏡。

お互いに少しはサルから人間に・・・近づいたかなー(-“-)